30年ぶりのカブトムシ飼育

はじめに

まじめな話、仕事の話は他の医局員のお任せして、私は例によって趣味的な話をしたいと思う。

花岡教授がいつも仰るように、今年は何か新しいことに挑戦したいと思っている。昨年はいろいろあって、仕事面でも私生活面でも新しいことに挑戦できた年とは言い難く、反省をしなければならないのだが、一方で30年ぶりにやったことがある。それはカブトムシの飼育である。カブトムシと言えば夏を代表する昆虫であり、季節外れの話題と思う方がいるかも知れないが、カブトムシは夏だけ生きているわけではない。今の季節は幼虫だが、現在進行形で寒い冬に耐えて春を待っている。今回はカブトムシの過去の思い出、現在飼っているカブトムシについて書きたいと思う。

30年ぶりのカブトムシ飼育

8歳の息子が「カブトムシが欲しい」と言い出した。そうすると各方面から7月16日に2組のつがいのカブトムシとノコギリクワガタの雄の合計5頭が集まった。ケースを3つ用意し、つがい1組ずつとノコギリクワガタを分けて飼うことにした。カブトムシを飼うのはそれほど難しくない。マット(腐葉土)に適度な湿り気を与える、えさがなくならないように管理する、ある程度温度管理をして直射日光が当たらないようにする、ひっくり返っても起き上がれるように落ち葉・木の枝などを入れておく、小バエが発生しないようにケースのふたに紙を挟んでおく、など注意点はいくつかあるが、そんなに神経質にならなくても普通にやっていれば問題ない。今はホームセンターにカブトムシグッズ売り場があって様々なものが売られており、それらを利用すれば便利である。私も慌ててデイツー元町店に行って買ってきた。当然その後の世話も私がすることになった。

1組のつがいのカブトムシは飼い始めたその日のうちに交尾していた。それから1週間くらい経った頃、雌はめったにマットの上に出てこなくなり、夜通しキューキューギューギュー音を立てながらマットを固めるようになった。次の日にマットのかさが減っているので適宜補充していたが、ある日マットの中に卵があるのを発見した。カブトムシは繁殖力が強く、つがいで飼うと高率に卵を産む。交尾意欲が非常に強く、相性もそれほど厳しくない。子供の性教育にはもってこいである。ただしカブトムシの場合雄によってかなり強引に交尾がなされるのが問題だが、子供には「カブトムシの成虫はたった1,2ヶ月しか生きられないんだ。成虫になった個体は子孫を残すのが使命なので、1日たりとも無駄にできないのだよ。」と教えた。そして8月18日、子供と2人で旅行に出ることになっていたのだが、出発前にケースの中を確認したところ弱って動きが悪くなった雌を発見した。産卵の使命を果たし疲れ果てた姿であった。もう死期が近いのは明らかであったので子供を呼び出して今生の別れをさせた。「昆虫でもこんなに一生懸命生きて、次の世代につなぐという使命を全うしようとしているんだ。」と子供に教えた。命の尊さを教える教材として最高である。妻によるとその日のうちに死んだようだった。雄は10月8日まで頑張って生きてくれた。8月中旬には彼らの子孫である幼虫がケースの横からも観察できるようになった。9月初旬に幼虫の割り出しをしてみたところ49頭いた。カブトムシの幼虫は「爆食い」であっという間に大きくなる。餌であるマットが大量にいるし、スペースも確保できないため里子に出したりして現在8頭飼っている。興味がない人から見れば単なるイモムシだが、羽化した時の姿を思い浮かべ、今から楽しみにしている。命のサイクルを教える教材にもなるのだ。

カブトムシグッズ

私は子供の時に山で捕まえてきたカブトムシを毎年飼っていた。中学校2年生を最後に卒業し、30年間ご無沙汰していたが、息子の「カブトムシが欲しい」の一言で復活してしまった。30年ぶりに飼うとホームセンターに売っているカブトムシグッズの充実ぶりに目を見張る。昆虫ゼリーのような便利なものはなかった。本当は水分が多すぎて良くないらしいのだがスイカを与えたりした。今でもその時の腐ったスイカの臭いを思い出す。そのためか私は今でもスイカを食べることができない。スイカの種がマットの上に落ちて発芽したりした。また当時は焼き肉のタレの容器みたいなものに入った樹液が売られており、お小遣いをはたいて買ってきて、気のくぼみに補充していた。ただし9月に入るとホームセンターはカブトムシグッズを置かなくなるため樹液が手に入らなくなった。カブトムシは家で飼うと自然界より長生きすることが多く、10月11月まで生きることもよくあった。現在のようにインターネット通販で手に入れることはできず、仕方なく砂糖水に日本酒を少量入れたものを与えたりした。マットは当時からあったが、今みたいにバラエティー豊かではなかった。買うお金がもったいないので山の土を持ってきたりしていた。今は素人でも簡単にカブトムシにとって良い環境を作ることができるが、その反面幼虫たちが自然淘汰されずたくさん生き残って成長するため、餌代、飼育スペースの確保に頭を悩ませることになる。

子供時代の遊び

私が小学校低学年の時、テレビゲームが本格的に普及する前であり、田舎の子供の遊びと言えば「空き地で野球、自転車で探検・おもちゃ屋巡り、昆虫採集」であった。今の子供と違って宿題も習い事も少なく、原始人のように毎日遊んでいた。よく山に行って昆虫を獲ったり、川や沼に入ってザリガニを獲っていた。ため池にグルテンやマッシュポテトのような餌だけ持って行って、誰かが捨てていった釣り針と糸を使って魚を釣ったりしていた(釣れる魚はほとんどブルーギルであったが)。たくましく遊んでいたが、今思えばすごく危険なことをしていたと思う。特に人気がある昆虫はもちろんカブトムシ、クワガタであった。アオカナブンやクロカナブンも人気があった。これらを獲るために雑木林の山に行くのだが、いろいろ危険なものがあった。特に注意すべきものは蚊・虻・スズメバチ・ヘビである。あと遭遇したことはないが熊・鹿・イノシシもそうであろう。蚊・虻対策としては長袖長ズボンを着用し、タオルを頚に巻いた。スズメバチがいたら逃げた。大きな木の根をまたぐとき等はヘビに注意した。困ったことにスズメバチと戦うやんちゃな子がグループに必ずいた。木の幹にカブトムシと並んでスズメバチがいると私ならあっさりあきらめるが、靴でスズメバチをつぶすやつとかがいて、肝を冷やしたことがあった。幸い臆病な私は刺されたことがない。あと山の中に廃墟があったりすると古井戸やトイレ跡があったりするので、落ちないように注意する必要がある。さすがに夜はいろいろと危険なので父親についてきてもらった。夜で月も出ないような日だと本当に真っ暗なことがあった。懐中電灯の灯りを頼りに木の幹を観察するのだが、あるとき大きなカブトムシの雄1頭、雌2頭を見つけた。上物であったので捕まえようとしたが、2メートルくらいのところにあり手が届かなかった。懐中電灯で木の根元を照らすとちょうどおあつらえ向きに石の柱のようなものがあり、それに登って無事捕獲した。朝になり明るくなって同じ場所に行ってみると「石の柱のようなもの」はお地蔵さんであることが判明した。私はお地蔵さんの頭の上に乗ってカブトムシを獲ったのであった。すぐお祈りして謝った。少年の純粋な心を理解していただいたのかたたりのようなものはなかった。

カブちゃんチェック

あれほど熱中していた昆虫採集・飼育だが、中学校2年生の時を最後に全てやめた。中学校3年生の夏ともなるとさすがに受験勉強をしなければならなかったからである。昔の少年時代の遊びに思いを馳せると昆虫採集・飼育からいろいろ学ぶことが多かった。その代わりいろいろ危険を伴うので、今子供を山に連れて行くことはないと思うが、昆虫飼育の部分の楽しさを伝えることができたらと思う。毎日できるだけ子供と一緒に朝夕2回はケースを開け、カブトムシの状態を把握し、えさの補充、マットの湿り気のチェックをする。これを「カブちゃんチェック」と言う(※私が勝手に付けた名称であって一般的ではない)。幼虫を飼っているケースではマットの上の糞の状態、少しマットを掘ったところの湿り気も見る必要がある。カブちゃんチェックも奥が深いのである。最後にふたをしっかり閉めて何か重しを載せておく。なぜならカブトムシは力が強くふたを開けて脱走することがあり、昨年2回脱走した。2回とも運良く玄関で発見でき1回目は仰向けにひっくり返ってもがいていて、2回目は私の靴にしがみついていた。行方不明の児童を発見したスーパーボランティアの話ではないが、カブトムシは低いところに向かって歩く習性があるのかも知れない(羽根を使って飛んでいくとまた違った結果になったであろうが)。

カブトムシの魅力

今も昔も子供にとって特に人気がある昆虫はカブトムシ、クワガタであろう。ではカブトムシとクワガタのどちらが人気だろうか。私の周りもカブトムシ派とクワガタ派に分かれたが、どちらかというと後者の方が多かった。私は断然カブトムシ派である。あの大きな真っ黒い眼、愛嬌のある顔立ち、バランスのとれた芸術的な形状の角が好きである。クワガタはバルタン星人のように眼と眼が離れており、攻撃的な性格で、そのくせ木の幹にライトを当てるだけで落下するなど臆病でもあり、カブトムシの堂々たる姿と比べるとどうも好きになれない(クワガタが好きな方、申し訳ない)。ただクワガタは捕獲、飼育、繁殖がカブトムシより難しく、デリケートで神秘的な部分があり、一部の種類において成虫が越冬するのは魅力的だとは思う。

カブトムシに限った話でないが、イヌやネコのようなコンパニオンアニマルと違って昆虫には大脳がないため懐くことはない。本能のまま生きており、ある意味お世話をしても報われることが少ないのかも知れない。では何が魅力かと言うと答えるのが非常に難しい。都会では比較的採取しにくい昆虫であること、昆虫の王者であり見た目に風格があること、飼育が比較的簡単なこと、人間に危害を与えないことなどが考えられるがどうだろうか。ちなみに昆虫採集・飼育というのは日本独特の文化らしい。もちろん私は世界中全ての外国人のことを知っているわけではなく断定はできないのだが、多くの外国人にとって虫を飼うなんてとんでもないことと聞いたことがある。我々からすればGを飼うような感覚らしい。昔から日本には鈴虫などの虫の鳴き声を愛でる文化があるが、多くの外国人にとっては単なる騒音らしい。日本人は生物や自然に対する愛好心が強い民族である。カブトムシ愛は、万物に神が宿ると考える日本人の独特の感性の賜物であり、日本人の特権みたいなものかも知れない。

カブトムシディフェンシン

少しだけまじめな話をしたい。皆様はカブトムシディフェンシンというものをご存知だろうか。カブトムシディフェンシンはカブトムシの幼虫の体内に存在する抗菌性ペプチドで、1996年我が国で発見された。カブトムシの幼虫は、細菌が無数に存在する腐葉土の中でも細菌に感染しないようにカブトムシディフェンシンを分泌して自分の身を守っている。現在は研究段階であるが、新しい抗菌薬として役立てることができる可能性がある。

また、カブトムシディフェンシンに由来するアミノ酸改変ペプチドのいくつかは、がん細胞に対してのみ選択的に細胞毒性を持つことが報告されており、新しい副作用が少ない抗がん剤として役立てることができる可能性がある。

カブトムシは現時点においては医学・医療と全く関係ないのだが、将来的には新しい抗菌薬・抗がん剤として人類を救うことになるかも知れないのである。今後の研究成果に注目したい。

昆虫食

カブトムシの幼虫を見ていると時々「食べたらおいしいのだろうか」と思うことがある。それこそカブトムシディフェンシンが含まれているかも知れず、もしかしたら体にも良いのではないか、と思ったりする。ただし成虫は見た目からしてまずそうである。今世界的な食糧難の有力な解決法として昆虫食が注目されている。そこでカブトムシは食べることができるのかインターネットで調べてみた。海外では貴重な蛋白源としている民族も存在しており、日本でも成虫の「食用カブトムシ」なるものが市販されており、ある居酒屋では人気メニューにもなっていることがわかった。「食用カブトムシ」を食べた人の感想が様々なブログ等に出ているが、総じて「まずい。土の味がする。」らしい。幼虫や蛹については食べたことがある人は日本では少ないようだが、全くないわけではなく、やはり「まずい。土の味がする。」とのことであった。蜂、イナゴ、コオロギ等は昆虫食の食材として有名で「おいしい」らしいが、カブトムシの幼虫のように腐葉土を食べたりしないからかも知れない。一方カブトムシを補食する生き物はたくさんある。成虫ならカラスやネコ、幼虫ならモグラやイノシシが好んで食べるらしい。調理をしないで食べるともっとまずそうだが、彼らが本当においしいと思って食べているのか知りたいものである。

最後に

以上、子供以上にカブトムシ飼育にはまってしまった父親のカブトムシの記録、回想である。もしカブトムシを飼いたい人がいたら幼虫をお譲りするのでお声をかけていただけたらと思う。ただし食べないでいただきたい

北口 良晃

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