聴診器200年

アメリカ胸部疾患学会(American Thoracic Society)の学会誌に“Celebrating Two Centuries from the Invention of the Stethoscope: René Théophile Hyacinthe Laënnec (1781-1826)”という記事が掲載されていた(Tomos I, Karakatsani A, Manali ED, Papiris SA. Celebrating Two Centuries since the Invention of the Stethoscope. René Théophile Hyacinthe Laënnec (1781-1826). Ann Am Thorac Soc. 2016 Oct;13(10):1667-1670.)。内容はタイトルの通り、フランスのLaënnec(学生の時ラエンネックとかレンネックと記載されていたと思うが、本当の発音がわからないので、そのまま記載する)が聴診器を発明してから200年ということで、それを記念した記事である。大変興味深かったので今回はこれを紹介したいと思う。

(以下の文章の内容、図はすべて上記ANNALSATSの文献からの引用であることをお断りしておく)

Laënnec(1781-1826)はフランスの臨床医であり、呼吸学のパイオニアであるという序文から書き出されている。かのLaënnecは1781年2月17日にフランスはブリタニー、キンパー村に生を受けた。彼の母親は彼が5歳の時に結核で亡くなっている。彼の父は法律家であった様だが浪費家であり、Laënnecとその兄弟を彼の大叔父にあたるDr Guillaume Francois Laënnecにあずけた(フランス革命の動乱もあり、より安全な場所へ疎開したという要素もある様だが)。この大叔父の影響でLaënnecは医学の道を進むこととなる。

Laënnecは幼少時より喘息を患っていた様で、今の様に吸入ステロイドもない時代であるので、しばしば発作を繰り返していた様である。他方彼は多才であり、ギリシャ語とラテン語を勉強し、フルートを吹き、詩を書いたという。

14歳にして彼は地域の病院で研鑽を積み始め、18歳時にパリの病院で病理の勉強を始める。そのはじめの年には外科関係の受賞を得、1802年(21歳?)には腹膜炎、無月経、肝疾患に関する論文を書いたという。1804年には国からその才能を認められ、現在のRoyal Society of Medicine of Franceに招聘され、診療、教育、研究を行っている。

1816年、Laënnecはパリのthe Necker-Enfants Malades Hospitalで聴診器を作製する。それまでは胸部の聴診は医師の耳を直接患者の胸部に当てて音を聴取していたという(図1)。しかしこのやり方では特に肥満した患者では聴取しにくいし、年齢や性別によっては直接聴診という行為自体が困難である場合もあった。彼はこのような症例を経験する中で円筒を胸部に当てて聴診することが直接聴診法よりも有用であることを見出した(図2,3)。1819年彼は聴診所見や彼の見出した病理所見を著書として発行した(図4)。 その著書内にはrales, rhonchus, crackling, snoring, whisting, egophony, pleural friction rubなど、現在の我々も使用しているような表記はすでにLaënnecによって記述されたものなのである(ちなみにrhonchusという単語はLaënnecはギリシャ語のralesをラテン語に翻訳した言葉として記載したが、その後の英語への翻訳などの経緯の中で誤解されて用語の混乱を招いたとの由)。もちろん心雑音(murmur)もLaënnecが著書内に最初に記述している。

1826年8月13日、Laënnecは45歳でその生涯を閉じた。死因は結核であった。

Laënnecという人物が国から注目されるような傑出した人物であったことは当然のこととして、呼吸音、心音の聴診所見が200年を経た現在でも基本的に同様の所見記載であること、換言すればすでに200年前に我々が聴取している音を自身で開発した円筒形の聴診器を使用してLaënnecが聴取していたという事実に感銘を受けた。現在の様に様々な画像診断、遺伝子解析まで可能な血液検査などがない当時、なんとかして目の前に存在する患者の中で起こっている事実を突き止めようという思いは今以上に強かったと思われる。その思いに加えて、金属のピン(針)で木片をひっかいたときの音が反対側に耳をつけて聞いた方がよく聞こえるという経験的な事実を診療中にふと思い起こし、それを実践してみたらやはりよく聞こえたという気づきの素晴らしさを強調したい。ある問題を解決したいという思いが常に持っていたからこそ、ある肥満の若年女性を目の前にしてこのアイディアが想起されたものと思う。常に問題意識をもって診療、研究、教育を行うことの重要性を改めて感じた。

図1-4の出典:Ann Am Thorac Soc. 2016 Jul 28. [Epub ahead of print] PubMed PMID: 27467020

安尾 将法

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