APSR2014へ参加をしました。

2014年11月13日~16日にバリ島で開催されたAPSRに、発表される花岡先生と濱先生に同行させていただきました。もともとは同行する予定はなかったのですが、偶然8月にバリ島から第一内科に1ヶ月勉強に来ていた4年生のアユさんと仲良くなったこともあって、再会したくて同行させていただくことになりました。

バリ島はいくつかの地区があり、学会会場のあるヌサドゥアは観光客のために開発されたセキュリティーの高い地区です。13日はアユさんの家族に同行いただき、ヌサドゥアを抜け出して雑多な街を観光しました。街には車と車の間を縫って老若男女たくさんのバイクが走っていました。両親の間に幼稚園児ほどの子供が挟まれているような、日本では信じられない乗り方が向こうでは一般的のようでした。

インドネシアはイスラム教徒が多い国ですが、バリ島はヒンドゥー教の島で、大小様々なヒンドゥー教の寺院が建ち並んでいました。街の建物は大抵オレンジ色の瓦が敷き詰められ、石造でした。通りはココナッツ並木が延々と続いていました。

サレンアグン宮殿で休んでいると、足がかゆい・・・。蚊に刺されてしまったようです。最終日にアユさんにそのことを話すと、とても悲しそうな顔をされてしまいました。デング熱は乾季から雨季に移るちょうどその時期に増えるのだそうです。彼女も数年前にデング熱で入院していました。幸い私は発症しませんでした。山へ向かう道を走っていくと、次第に街のにぎやかさがなくなり、気温も下がっていきました。

バトゥール山からは溶岩の流れた痕があり、ひっそりしたバトゥール寺院の中で、溶岩を絵の具にしたきれいな絵を売っていました。たったの千ルピー!だったのが、いつのまにか千円になっており、濱先生は残念ながら買っていませんでしたが、丸野先生は横で写真に絵の数々を収めていました。

14日は濱先生のポスター発表でした。座長はポスター見学をしている人と変わりなくポスターを眺めているのですが、突然発表が始まるため、まさかそれが発表していると気づかない発表者も多く、お隣の日本人の先生は発表を逃してしまっていました。第一内科からは、他に篠ノ井総合病院の松尾先生と看護学科の藤本先生がポスター発表しておられました。花岡先生は近隣の発表者に対して、一人一人に質問しておられ、また私が漫然とポスターを眺めていると私の肺気腫の研究テーマの参考になるようなポスターを見つけてきてくださいました。

夕食はホテルで予約してくれたシーフードをジンバランに食べにいきました。狭々沢山並ぶ小さく薄汚れた店の一軒に通されると、なんと店を通り過ぎて砂浜のディナーでした。海岸一帯がレストランだったのです。暗くてよく見えませんでしたが、豪華な食事でした。

15日は花岡先生のスライド講演でした。ATSの会長が質問されていたのですが、流暢で聞き取れなかったのが残念です。このセッションでは肺高血圧を扱われておられる日本の先生方の研究を英語で聴く貴重な経験でした。企業セッションでは普段外勤の都合で気管支鏡に触れる機会の少ない丸野先生が、コンベックスの練習にいそしんでいました。

15日の学会主催の夕食会(GALA diner)には、参加された先生方との交流がありました。隣に座られておられた先生はインドネシアの有名な大学の学長をやっておられた方のようですが、気さくに話しかけてくださいました。日本の清瀬でTBの勉強をされていたとのことです。おいしいから是非食べて、といってかき氷を薦められました。かき氷の下にアボカドやココナッツ、そのほか海藻などが敷き詰められていました。日本人の味覚には少々合わない味ではありましたが、私個人としてはおいしかったです。

アユさんのお父様が最後におっしゃっていました「バリ島をまわるのは1週間で十分だ。でも次はヌサドゥアに泊まらないで今度はクタに是非来てください。クタこそバリ島だ。」。我々は残念ながらクタは最後の夕飯を食べただけでした。雰囲気としては、マリンスポーツのできる吉祥寺や渋谷といったところでしょうか。いつか行かれる先生がおられたら、是非声をかけてください、とのことでした。

各国の先生方の発表に触れ、発表の仕方や答え方の雰囲気を味わいました。高名な先生方のわかりやすい講演を聴くことができました。次は自分が発表できるよう、研究をがんばりたいと思います。

また、インドネシアに医者の友人ができ、お互いの国で交流できたのも得がたい経験でした。

信州大学附属病院 呼吸器・感染症・アレルギー内科
加藤 あかね

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